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Thursday, 17 January 2008

そして震災は14年目へ

そして震災は14年目へ
今朝は5時にアラームを仕掛けて、5時40分に完全起床した。例年なら神戸市中央区の三ノ宮駅周辺か東遊園地に居る時間帯である。

テレビをつけてもなかなか中継はつながらない。新聞を開いても震災の姿は見えない。関東での温度差は想像以上にあることを改めて思い知らされた。ようやくNHKが5時44分に中継とつなぎ、東遊園地や淡路島の北淡震災祈念公園の様子が映し出された。

5時46分、時報を聞いて1分間の黙祷へ。北淡震災祈念公園では黙祷に続いて「千の風になって」の合唱が行われた。

最近、俺自身が阪神・淡路をじっくり見つめていないため、関東から思いを馳せるのは大変そうである。けれども震災が終わっていないのは事実、また小学生以下に震災を語り継ぐ難しさを突き付けられている。

震災から何を学んだのか、たくさんの震災ボラの端くれとして何を伝えていくのか、自分自身を問いただしてみたい。

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Comments

毎年僕のブログにトラックバックつけに来てくれてありがとうございます。コメントもありがとう。

おっしゃる様に追悼の心、被災に対する想いは様々ですよね。
離れた場所で想いを馳せることで、追悼の心を広げていくことも出来るように感じます。温度差を埋める一助に成り得るとも考えます。

僕は震災あるいは防災を自分の生活の中で考えたいと思って、神戸に来ました。
いつかは神戸を離れても、温度差を最小限に出来ないかと思っています。
が、今もまだその自信が無いので今も神戸に居ます。

Posted by: のぶ | Friday, 18 January 2008 at 07:09 PM

>kobanさん
コメントありがとうございます。

被災者一人一人の立場が違うだけに、被災の仕方とそれに対する思い(思い出したくないとか語り継がなければとか)は被災者の数だけ異なって存在するでしょう。ボランティア側も同じで、人それぞれの追悼心があると思っています。

私にとっては、震災ボラへの参加が人生の転機で、仕事や学校を辞めたわけではありませんが、進路そのものが変わってしまいました。同時にマイノリティに気付くことが多くなって、何かと生活の歪みに見えてなりません。

震災から学んだのは近所付き合いや生活破壊でした。震災と平和、共に今「いのち」「日々の暮らし」がないがしろにされているのを見ていると、少なくとも自分にとっては「神戸を忘れない」だけでは済まされないと思っています。

Posted by: うおり | Thursday, 17 January 2008 at 10:11 PM

震災の頃に生まれた子供達は13歳になる。
そして、その頃の事を思い出したくないと思う親・子もいると思う。
伝えていくには、その家族の関係等も聞いた後に話さないと再び恐怖でパニックならないか心配である。

しかし、どんどん忘れられていくメディア。
悲しいですね。

私は忘れないよと思う心が大事だと思う。

Posted by: koban | Thursday, 17 January 2008 at 01:37 PM

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